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東京地方裁判所 昭和25年(行)32号 判決

原告 熊谷定雄

被告 東京都杉並区長

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十五年三月二日に承認番号第三三〇号をもつて訴外中村チヨ名義の建築届を受理した行政処分を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因をつぎのとおり述べた。

「一、原告は、大正十三年以来肩書地に訴外古谷正義所有の宅地百十五坪を賃借して、同地上に木造二階建延二十八坪の家屋を所有し、これに居住して、建築請負業に従事している。みぎ原告所有家屋の東隣である同所三十一番地には、訴外萩原正三所有の二階建延十九坪四合の家屋があり、同人は、約八年前からこれに居住して製粉業を営んでいる。

二、訴外中村チヨは、昭和二十五年三月頃萩原所有家屋の裏側に、これに接着して二階建一・二階各七坪五合延十五坪の家屋を増築した。同人は、同年二月二十二日に被告にみぎ増築を届け出たが、建築敷地内に法定の空地が存在しないにかかわらず、以下に述べるような虚偽の事実を記載した届書及び図面を作成提出し、被告は、同年三月二日に承認番号第三三〇号をもつてその届を受理する処分をした。

三、すなわち、市街地建築物法(以下単に法と略称する。)第十一条、市街地建築物法施行令(以下単に令と略称する。)第十四条、市街地建築物法施行規則(以下単に規則と略称する。)第六条の二の規定によると本件土地は、同法上の住居地域の空地地区第六種に属し、「建築物ノ建築面積ハ建築物ノ敷地ノ面積ニ対シ(中略)十分ノ六ヲ」(令第十四条)、また、床面積、すなわち各階層床面積の合計面積は、その敷地面積の十分の七を(規則第六条の二)こえることはできないことになつている。しかるに、萩原所有の既存家屋(別紙図面参照、以下甲家屋と略称する。)は、建坪十九坪四合であるところ、その敷地(別紙図面のA、B、M、L、K、J、I、Aの各点を順次直線で結んだ線内の土地。以下(イ)土地と略称する。)の面積は、三十二坪七合であつて、その十分の七は、二十二坪八合九勺に過ぎないから、みぎ敷地内では殆んど増築を施す余地がないわけである。ところが中村は、前述増築を届け出るについて、(イ)土地の外、隣地二十五坪九合一勺(別紙図面中、赤線で囲んだ土地。以下、赤線区域と略称する。)を単純な空地と偽り、これを加えた五十八坪六合一勺を既存の甲家屋建坪十九坪四合の外、増築の二階建延十五坪、計三十四坪の建物の敷地として届け出た。

四、しかるに、みぎ赤線区域は、

(1)  甲家屋に東隣する訴外栗原徳吉所有し、訴外志水一明居住の二階建家屋建坪延二十坪(別紙図面参照、以下乙家屋と略称する。)の敷地の約三十一坪五合(別紙図面のI、J、K、L、R、S、V、T、Iの各点を順次直線で結ぶ線内の土地。以下(ロ)土地と略称する。)の一部(別紙図面のK、L、R、S、VKの各点を順次直線で結ぶ線内の土地。以下(1)土地と略称する。)

(2)(イ)土地に北隣する訴外二村の借地(別紙図面のB、C、D、N、M、Bの各点を順次直線で結ぶ線内の土地。以下、(ハ)土地と略称する。)上に存在する二村所有の同人及び安藤居住の家屋(別紙図面参照以下丙家屋と略称する。)から、訴外井上所有の家屋(別紙図面参照、以下丁家屋と略称する。)の存する同人の借地(別紙図面のD、E、P、F、N、O、Dの各点を順次直線で結ぶ線内の土地。以下、(ニ)土地と略称する。)の南外側に沿うて、東側公道に通ずる幅員一間の通路(別紙図面のL、M、Q、N、F、G、S、R、Lの各点を順次直線で結んだ線内の土地、七坪八合。以下、(ホ)通路と略称する。)

(3)(ロ)土地に東隣する二村の借地(別紙図面のG、U、H、T、V、S、Gの各点を順次直線で結ぶ線内の土地。(以下(ヘ)土地と略称する。)上に存する二村所有の便所及び物置二棟の敷地を含む(ヘ)土地の一部(別紙図面のS、G、U、V、Sの各点を順次直線で結ぶ線内の土地。以下(3)土地と略称する。)をあわせた地域に外ならない。しかして、(1)土地についていえば、それは、既に乙家屋の敷地として使用されている土地であるから、これをかさねて本件増築家屋の敷地中の空地として使用することは、法第十一条の規定の趣旨に反する。かりに、乙家屋が被告主張のように、法施行前に建築されたものとしても、法の規定の適用を免れることはできない。所管行政庁は、乙家屋のために存すべき敷地内の空地部分に不足を生じたときは、法第十八条の規定に則り、乙家屋の所有者に対し一部の除去を命ずる等の措置を採らなければならない。しかるに本件では、その措置も採られていない。また、この際乙家屋の敷地増加を計るため、昭和二十三年八月二十八日、同年東京都規則第百十五号市街地建築物法施行細則(以下単に細則と略称する。)第二十八条の規定を適用することは許されない。同条は、単純に敷地面積の増加を計るための敷地の変更について規定されたものではないからである。また、(ホ)通路は、法第二十六条第二項、令第三十条第一項第二号、昭和十四年二月一日、同年警視庁告示第三十三号の規定により本法にいう道路とみなされている。従つて、所管行政庁の許可を得ないで、みぎ道路敷地を本件増築家屋の敷地として取り込むことは、法第八条、令第九条、細則第五条、第三十条の各規定に違背するから許されない。(3)土地も、(1)土地と同様、既に二村所有の二棟の建物の敷地として使用されているから、更にこれを本件増築家屋の敷地として使用することは、法第十一条の規定の趣旨に反する。もつとも、みぎ便所及び物置は、昭和二十五年十二月末頃以降一時的に横倒しにされているが、これは収去したものでなく、何時でも復原できる状況に置かれている。以上のとおりであるから、赤線区域内のいずれの部分も、これを増築家屋の敷地として、附加することの許されないものである。

五、しかも、中村の作成し届け出た図面には、実在の(ホ)通路の表示がなく、これに該当する通路が(ニ)土地上(別紙図面のF、N、O、P、Fの各点を順次直線で結ぶ線内の土地)に存するかのように、虚偽の表示がなされている。のみならず中村は、前述の増築届に当り、法定の空地面積の存しないのに窮し、出願手続上仮装的に空地を補充するため、みぎ赤線区域内の土地使用について、土地所有者である訴外栗原徳吉の承諾を得たとか、その後これを買い受けたとか虚偽の申立をしている。しかしいずれにしても、現実に他の一定の用に供されている(1)土地(3)土地及び(ホ)通路を中村の増築家屋の敷地として二重の用途にあてることは、事実上も法律上も不能であつて、これを可能とする申立は虚偽である。従つて実際上中村は、甲家屋の敷地中、同家屋のために存すべき法定空地である十三坪余の空地上に一・二階各七坪五合延十五坪の増築をあえてしたわけである。

六、みぎのような次第であるから、本件増築届を受理した被告の処分は、中村の虚偽の申立に基くもので、法第十一条、規則第六条の二の各規定に違反する行政行為である。

そうして原告は、前述のように、中村の増築家屋に西隣して、これと僅かに六尺を距てて家屋を所有し、これに居住する関係上、中村の提出し被告において受理した本件届に基く建築により、保安上及び衛生上甚大な影響を受け、自己の権利を毀損されたから、その取消を求めるため、本訴に及んだのである。

七、原告が本訴提起に先だつて、訴願を申し立てなかつたことは争わない。本件については、不服申立にさきだつて証拠保全の手続をとる必要があり、訴願を経るにおいては多大の日子を要し、急迫の救済を得られないので、法第二十一条の規定による訴願を経ずに、法第二十二条の規定に従い、本訴提起に及んだのである。法第二十二条の規定によつて出訴した場合に、なおかつ訴願前置に関する行政事件訴訟特例法第二条の規定の適用があるとしても、みぎの事情は、同条但書の規定にいう訴願の裁決を経ないで訴を提起することのできる正当な事由があるときに該当する。従つて、原告が訴願を経ないで本訴を提起したことは、なんら違法でない。」

被告訴訟代理人は、第一次的に、「原告の訴を却下する。」第二次的に、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、本案前及び本案の答弁をつぎのとおり述べた。

「一、法第二十一条の規定によると、法による行政処分に対して不服ある者は、訴願法第二条の規定により、直接上級行政庁である東京都知事に訴願を提起することができるのであつて、且つ、行政事件訴訟特例法第二条の規定によれば、訴願のできる場合には、先ず訴願に対する裁決を経なければ、行政訴訟を提起することができない。しかるに原告は、訴願手続を経ないで、本訴請求に及んだものであり、また、本訴の提起は、みぎ特例法同条但書の場合に該当しないから、本訴は、この点において、既に却下を免れない。

二、原告は、その主張の行政処分を受けた相手方ではなく、本件届の受理について利害関係がないから、中村チヨに対し相隣関係に基く権利の主張をすることは格別、被告に対し当該行政処分の違法を主張する適格を有しない。

三、規則第百四十四条の規定による届出があつたときは、地方長官(都においては、委任により区長)は、届書の記載事項について、細則第二十五条・第二十六条の規定その他に照らして支障の有無を書面上調査し、支障がないものと認めたとき、届書の副本に調査済証の印を押捺して、届出人に交付する。この届の受理は、届出のあつたという事実を承認する行為であるに止まり、許可又は認可と異なり、取消の対象となり得る行政処分ではない。

四、また、みぎ届の受理に際して為す調査は、届書の記載に関して行われ、記載事項の実体上の真否ないし私法上の正当権原の有無等に及ぶものでなく、若し不備の点があれば、これを補充させることもあるが、区長の自由裁量の余地を多分に含んでいるから、受理の違法をとなえて、裁判所に処分の取消しを求めることは、許されない。

五、原告主張の一の事実を認める。

二の事実のうち、中村チヨが原告主張の日時にその主張のような位置、構造、建坪の家屋の増築届を被告に提出し、被告においてこれを受理したこと、並びに、右建物が事実上完成していること(但し、竣工届は、未だ提出されていない。)

三の事実のうち、本件土地が本法の住居地域の空地地区第六種に属すること、この種の土地上の建物の建蔽率が原告主張のとおりであること、甲家屋の構造、建坪及び既存敷地の面積がいずれも原告主張のとおりであること、中村が本件届出に際し、原告主張のとおり、既存の敷地の外、赤線区域二十五坪九合一勺を加えた土地を、甲家屋と増築家屋との敷地であるとして届け出たこと、

四の事実のうち、乙、丙、丁各家屋の所有者、居住者、構造、建坪、位置、井上の借地区域がいずれも原告主張のとおりであること、二村、安藤が、(ホ)通路を東側公道への通路として使用していること、二村所有の便所、物置が、かつて原告主張の場所に存在したこと、

五の事実のうち、本件届によると、(ホ)通路が(ニ)土地上に存するかのように記載されていること、

六の事実のうち、原告所有の家屋と萩原所有の甲家屋、ないし本件増築家屋との間隔が六尺であること、は、いずれも認めるが、その余の事実を争う。

六、殊に、原告主張の(1)土地が乙家屋の敷地であることは、これを争う。乙家屋の居住者である志水が従来みぎ土地を乙家屋の居住の便に供し来つたものとしても、いまこれが本件増築建物の敷地として届け出られたことに関連して、これに隣る乙家屋のための法定空地の存否を再確認することは、同家屋が法施行前の建築にかかるのであるから、これを必要としない。しかのみならず、後に判明したところによると、乙家屋については、昭和二十五年十月末頃以降、その東側部に沿うて、幅二間の空地が南北に貫かれることとなり、その敷地は、現に三十坪以上を算するから、乙家屋の床面積との比率は、六割六分六厘を維持するものであつて、これについて建築行政上何らの措置を必要としない状況にある。

七、また、原告主張の(3)土地については、二村所有の便所、物置を除去することになつていたところ、その後中村チヨは、原告主張の(イ)乃至(ヘ)土地全部を旧所有者栗原徳吉から買い受け、二村と協商の結果二村において、昭和二十五年十二月二十日頃までの間に、それら物件を収去したのである。なお二村は、(ヘ)土地につき賃借権を有せず、事実上、地主の黙認の下に無償で使用していたにすぎないのであるが、二村と中村のいずれが私法上正当の権原をもつて土地を使用することができるかの問題は、行政庁である被告が建築届を受理するに際し、調査する義務はない。

八、以上の次第であるから、赤線区域を、甲家屋及び係争増築家屋の敷地面積として、既存の(イ)土地に附加することは、なんらの支障もない。のみならず、かりに(ホ)通路を敷地面積に算入することを相当でない(勿論違法ではないが。)として、この坪数七坪八合を控除するとしても、甲家屋及び増築家屋の床面積の合計三十四坪四合と、残敷地面積五十坪八合一勺との比率は、六割六分八厘となり、法定の七割以下である。従つて増築家屋は、敷地内に存せしむべき空地に欠けるところはなく、本件届を被告が受理したのは正当であつて、取り消される理由はない。」

(立証省略)

三、理  由

一、原告が本件提訴にさきだち、まず行政庁に訴願するの途に出なかつたことは、原告の自認するところから明かである。けれども、法第二十一条、第二十二条の各規定の趣旨を、本件のように都の区長が都知事の委任に基き、法・令・規則及び細則に規定された事項を処理した場合に当てはめて考えてみると、区長のした処分に不服のあるものは、都知事に訴願し、その訴願の裁決に不服の場合、更に主務大臣に訴願することができるし、(法第二十一条第一項)、その不服の事由が、区長の「違法処分ニ因リ権利ヲ毀損セラレタリトスル」場合であれば、それとは別に、裁判所に出訴することもできる(法第二十二条)〔もつとも、この場合、都知事に訴願することは格別、その裁決に不服があるとして、さらに主務大臣に訴願することはできない(法第二十一条第二項)〕わけであつて、従つて、区長の違法処分により権利を侵害されたとする場合には、法は、都知事に訴願するか、裁判所に出訴するかの選択の自由を認めているものと解することが相当である。しかして訴願前置に関する行政事件訴訟特例法第二条の規定は、他の法令の規定がみぎのように訴願と訴訟との自由な選択を認め、訴願を経ないで出訴できるとしている場合においても、なおかつ、常に必ず訴願を前審として要求する趣旨のものではない、と解されるから、原告が被告の違法処分により権利を侵害されたとして、訴願を経ないで、直ちに本訴に及んだことは、なんら違法でない。

二、原告が本件増築届の届出者(建築主)でないことは、原告の自陳するところである。しかし、成立に争いのない甲第一号証、第二号証の一ないし三、乙第一号証の六、七、原告本人訊問の結果(但し、後出の信用しない部分を除く。)をまとめて考えると、本件増築届に基く建築の施行完成後においては、原告は、自己の所有し居住する木造瓦葺二階建家屋から近々六尺を距てて東隣する地上に既存の甲家屋の外、新たに増築二階建家屋を控えることとなり、日常の保健衛生上に不断の悪影響を受け、ないし、火災等の不測の危難にさらされるおそれなしとは断言できないものと認められる。しかして、保健・衛生・火災予防等の見地から、市街地建築物に行政上の規制を加えるのが本法の趣旨であつてみれば、法第二十二条にいわゆる「違法処分ニヨリ権利ヲ毀損セラレタリトスル者」とは、必ずしも不許可又は不受理の処分によつて権利を毀損された申請者、届出者に限定すべきでなく、みぎにいう権利とは、所有権・地上権等の具体的の権利のみを指すものと認めがたく、広く法律によつて保護されている利益をも含むものであつて、原告のような相隣関係に置かれて、他人の申請ないし届の違法な許可ないし受理によつて、日常生活上不断にその影響下に立ち、ために前示のような危難を蒙むることなきを保し難いとする者をも包含する趣旨であると解するのが相当である。従つて、原告は、当事者適格に欠けるところがない。

なお、本件届に基く増築家屋が既に事実上完成されたことは、原告の自陳するところであるが、たとえ、増築が完成しても、その基本たる増築届の受理処分が取り消される場合において、所管庁が、その取消について、該増築家屋の除却、改築その他必要な措置(法第十七条)を命ずべきことが、一般的に期待されてよいわけであるから、原告は、増築の完成された後においても、本訴提起の法律上の利益を有するものといわなければならない。

三、令第百四十四条の規定による増築届の受理は、単に届の到達を示すいわゆる受附とは異なり、届出者の届出行為を適法、且つ、有効な行為と認めて受理する所管庁の受働的な行政処分である。すなわち、細則第二十六条の規定によると、所管庁は右届を受けたとき、届の記載事項につき調査し、各要件につき支障がないと認めたものに限りこれを受理し、届書の副本に調査済印を押捺して届出者に交付すべきものとされており、しかも届出者は、所管庁の受理を得て、はじめてその増築等の施工が適法(一種の権利行使の要件)とされるのである(細則第二十五条第二項、第三十五条参照)。従つて、届の受理は、それが違法な場合、行政事件訴訟特例法第一条にいわゆる行政庁の違法処分として、取消の対象となり得ることは疑いがない。

四、所管庁が届の各記載事項につき、前述のように調査して行う支障の有無の判断のうちで、細則第二十五条によつて準用される同第二十二条第一項第六号に規定された記載事項に関し、床面積の合計と敷地面積との比率が、規則第六条の二の規定に定められた法定比率の制限内にあるか否かの判断については、同規定上、その比率の最大限が細目に亘つて明定されている関係上、もはや所管庁として、その判断に、技術的、政治的ないわゆる便宜裁量を容れる余地が全く残されていないものと考えなければならない。従つて、少くともみぎの点に関する限り、その判断は法規上覊束されるものと解されるから、その判断を誤つてした届の受理は(不当処分でなく)違法処分として、取り消さるべきことは勿論である。してみれば、届の受理が全面的に自由裁量に属するとして、本件につき、原告の裁判を受ける権利を否定する被告の主張は採用できないものといわなければならない。

五、そこで進んで、本案について考える。

原告主張の(イ)乃至(ヘ)の土地が、本法上、住居地域の空地地区第六種に属することは、当事者間に争いがなく、法第十一条、規則第六条の二の各規定によると、みぎの土地においては、その地上建築物の床面積の合計は、その敷地面積の十分の七を超えることを許されない。ところで、萩原所有の既存の甲家屋の床面積の合計及びその敷地面積が原告主張のとおりであること、中村が甲家屋に接して係争の二階建家屋(その床面積の合計十五坪)を増築するについて、甲家屋の従前からの敷地である(イ)土地の外、原告主張の赤線区域(その坪数二十五坪九合一勺)を加えた計五十八坪六合一勺を甲家屋及び増築家屋の敷地であるとして届け出たことは、当事者間に争いがない。そこで、みぎ赤線区域内の各部分が、果して原告主張のように、本件増築家屋の敷地として附加することが許されないものであるか否かについて判断する。

(一)  (1)土地について。乙家屋の所有者、居住者、その床面積が原告の主張するとおりであることは、被告の認めるところであり、弁論の全趣旨によれば、乙家屋の存する(ロ)土地が約三十一坪五合であり、そのうち(1)土地が約五坪四合であることを認めることができる。さて原告は、(1)土地を含む(ロ)土地の全部が乙家屋の敷地である旨主張するけれども、証人志水一明の証言によれば、同人は、昭和十二年頃から乙家屋を借り受け居住するについて、同家屋の裏口に位し、同じく栗原徳吉の所有に属した、空地である(1)土地をも日常生活に際し物乾場所等の用に供し来つたことを認めることができるに止まり、その他にみぎ(1)土地が乙家屋のために建築法令にいわゆる敷地であることを認めるに足る証拠はない。

原告は進んで(1)土地が乙家屋の敷地である旨の主張を前提として、この部分を他の用に供することは、乙家屋の建築を法令違反に導くにかかわらず、これに即応した措置がとられていない旨を主張する。しかしかりに(1)土地が従来乙家屋の敷地に包含されていたとしても、乙家屋の建築主がその敷地を分割変更して、その一部である(1)土地を甲家屋の敷地に供することを絶対に許し得ないとする根拠がない。ただ、そのような場合において、乙家屋の建蔽率等が法令の規定に触れるに至るとき(乙家屋の床面積は、二十坪であるから、その敷地は、七分の十である二十八坪五合強を下らないことが必要であるところ、前示(ロ)土地から(1)土地を除いた残地は、二十六坪一合であつて、二坪四合強の不足を来す。)は、乙家屋の建築主は、細則第二十八条の規定によりその旨を届け出て承認を受けることを要する。しかるに、成立に争いのない乙第一号証の二・三及び六・七並びに、証人高橋国雄の証言により全部真正に成立したと認める同号証の一によれば、中村チヨのした建築届においては、(1)土地を従来乙家屋の敷地であつたものとは認めておらず、従つてまた、これを変更したとしても、敷地であることを廃するにつき細則第二十八条の規定による承認のあつたことを前提としていないことが認められるのであつて、これに反し、若し原告の主張するとおり、(1)土地が乙家屋の敷地であつたとすれば、中村チヨの届は、細則第二十六条の規定にいう「支障がない」とは直ちにいえないこととなり、建物の建蔽率に関する規制の施行前の建築にかかることが弁論の全趣旨に徴し争いのない乙家屋については、敷地内に一定の空地の存することが当然には要求されないところから、細則第二十八条の規定による承認の得られる蓋然性の濃いことは格別としても、少くともその承認の手続の了否さえ明かにされていない間においてなされた中村チヨの建築届は、一見瑕疵あるを疑わせるものがあろう。しかし、証人栗原徳吉、同萩原正三及び同志水一明の各証言、証人栗原徳吉の証言により真正に成立したと認める乙第一号証の四・五、成立に争いのない乙第五号証をまとめて考えると、萩原正三は、中村と共同して同人の名義で本届の増築を企てるに際し、(1)土地を敷地として使用することにつき、所有名義人である栗原徳吉の承認を得ることはもちろん、さらに(イ)ないし(ヘ)の土地全部百五十七坪九合五勺を栗原から買い受け、さらに昭和二十五年十月中に萩原・二村及び志水間の協議によつて、乙家屋の東側に南北に延びる幅員約一間の既存の空地の外側において、(ヘ)土地のうちから同じく幅員一間の空地を割いて、これを志水の使用に委ねるよう協議の成立したことを認めることができるのであつて、この事実は、細則第二十八条但書にいう乙家屋の建蔽率等が法令の規定に触れない範囲で敷地を変更した場合に該当するものと認定することが相当である。してみれば、かりに(1)土地が原告の主張するとおり乙家屋の敷地であつたとしてこれを無視して増築家屋の敷地であるとした中村チヨの届出に瑕疵があるにしても、後に乙家屋の敷地が変更されたことによつて治癒されたものといえるであろう。

(二)  (ハ) 土地に居住する二村及び安藤が公道に出入するために(ホ)通路を使用していることは、当事者間に争いがない。しかして、法第八条、令第九条、細則第五条、第三十条の各規定によつて考えると、所管庁の許可のない限り、本法にいう道路敷地内に家屋を建築することは許されないし、これを家屋の敷地として取り込むことも許されないが、法第二十六条第二項、令第三十条第一項第一号、昭和十四年警視庁告示第三十三号の各規定によると、法にいう道路とは、少くとも幅員二・七米(一間半)以上のものを指称する。しかるに前示(ホ)通路の幅員が一・八米(一間)を出でないことは、原告の自認するところであるから、かりに、みぎ通路が、法にいう道路としての他の条件をみたしていると仮定しても、これをもつて法上の道路と称し得ないことは勿論である。従つて(ホ)通路が法上の道路であることを前提とする原告の四の(2)に関する主張は採用できないのであつて、それが法外の道路として空地のまま維持される限り、本件増築家屋の敷地とすることの妨げとはならない。

(三)  中村チヨが本件届を提出し、被告においてこれを受理した当時、原告の主張する(3)土地の地上に、二村所有の便所及び物置が存在していたことは、当事者間に争いがない。しかしながら、成立に争いのない甲第十号証、乙第五・六号証、証人井上ヒデ、萩原正三、栗原徳吉、中村チヨの各証言、以上各証言により当裁判所が真正に成立したと認める乙第一号証の四、五、八、並びに、弁論の全趣旨をまとめて考えると、二村はその賃借地としては、(ハ)土地及び別紙図面のM、N、S、R、L、Mの各点を順次直線で結ぶ線内の土地を有するにすぎなかつたが、昭和十八年頃から、自己の植木職の必要から、事実上(ヘ)土地を、地主栗原徳吉の黙認のもとに無償で使用し、ここに植木を植える等の外、前記二物件を設置したものであること、被告は中村チヨの本件増築届を受理するに際し、中村に対し、みぎ二箇の地上物件が収去されるべきことを確約させたうえ、これを受理したものであること、中村は、本件届の提出前である昭和二十五年二月二十日に、萩原を代理人として栗原徳吉から、(イ)乃至(ヘ)土地全部を譲り受けたが、右届の受理後二村に交渉した結果、二村は、同年十月末頃に、その要請を容れ、便所、物置を収去し、(3)の土地を中村が増築家屋の敷地として使用することに同意し、同年十二月末頃までに、それらを取り毀したことを認めることができる。みぎ認定に反する甲第七号証の一及び第八号証の一・二の各記載、並びに、証人二村良助の証言及び原告本人訊問の結果中、右認定に反する部分は、信用できないし、他に前認定を覆えすに足る証拠はない。従つて、被告が本件届を受理するに際し、当時未だ(3)土地が空地でなかつたという意味で、被告の措置に若干の瑕疵があつたとしても、その後、その瑕疵が予定どおり治癒されるに至つたものと認められるから、被告がみぎ土地を空地と認め、本件届を受理したことは、結局において違法でないと認めなければならない。

(四)  前説明したところから明かなように、赤線区域中(ホ)通路は、現に二村、安藤の使用中のもので、しかも、そのうちM、N、S、R、L、Mの各点を順次直線で結ぶ線内の土地は、二村の賃借するところであり、また(1)土地及び(3)土地も、本件届の受理された当時は、志水、二村らにおいて、それぞれ使用していたものである。従つて、中村が赤線区域を使用し得べき私法上の権限については、若干の疑がないでもないが、しかし、法・令・規則・細則を通覧しても、行政庁が届を受理するに当つて、建築主が敷地について使用権を有するか否かについて、これを調査しなければならないとする規定は存しないから、赤線区域の各部分が、前説示のとおり、他の建物の敷地でもなく、法上の道路敷地でもない、いわゆる空地と認められるに限り、建築主の該土地に対する使用権限の如何を問わず、これを建物の敷地として取り扱うことは、本法上はなんら違法とはいい得ない。

してみれば、中村が、赤線区域の土地を、甲家屋及び係争増築家屋の敷地として、既存の(イ)土地に附加して届け出たことは正当であり、しかもそれによると、その床面積の合計と、みぎ敷地面積との比率が、五十八パーセント以下にすぎないことが明白であるから、甲家屋、及び増築家屋は、その敷地内に存せしめるべき空地面積に欠けるところはなく、従つて、本件届を受理した被告の処分が、法第十一条、規則第六条の二等の規定に違背するものとは認めがたい(なお、(ホ)通路を本件敷地面積に算入することは、前敍のとおり違法でないが、他に公道へ通ずる通路が存しない関係上、これを建築敷地とすることを相当でないとし、これを敷地面積から控除するとしても、なおかつ、その比率は七十パーセントに達しない)。

六、本件届附属図面(乙第一号証の七)によると、前示(ホ)通路が、別紙図面中のO、P、F、N、Oの各点を順次直線で結ぶ線内の土地上に存するかのように記載されているが、それが事実に反することは、前説明に徴して明かである。しかして、細則第三十八条の規定によると、増建築の届出者が虚偽の届をしたときは、その届を無効とすることができる旨定められている。しかし本件の場合、(ホ)通路が赤線区域内に存するとして、なおかつ、前説示のように、これを敷地に算入することを妨げない(また、これを敷地面積から控除しても、所要の空地面積に事欠かない。)のであるから、みぎの虚偽の記載は、届を無効とすべき程重大なものとは考えられない。従つて、みぎのような虚偽記載を含む本件届の受理も、あえてこれを違法とするには足りないものである。

七、以上説示のとおり、本件届の受理を違法とする事由は、一も認められないから、これを違法としてその取消を求める原告の本訴請求は、これを失当として棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中西彦二郎 西岡悌次 月山桂)

(別紙)図<省略>

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